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スウガク再挑戦

ここのところ、ワケあって、中学数学を勉強しています。
ちょっと詳しく言うと、中学数学というか、高校入試の数学の問題を連日解いております。

中学生だったのは、遙か昔のことですが、
当時から数学とはあまり仲良しではなく、どちらかというと、悲しい思い出とか、つらかったとか、冷や汗とか、涙とか、そういうものしか、脳裏には蘇ってこない間柄のものでした。
連立方程式の中間テストはさんざんだったし、図形の証明では全く思いつかなくて心が凍るような試験時間も経験しました。
そんなわけで、「数学は絶対だめだ」と、自分では強く認識してたわけですが、人生の皮肉か、どうしてもそれをやらないといけないという事情が生じ、やむなく、
手をつけてみたところ.....

意外に、解ける!あれ、わかる!え、なんで?

ということになり、自分でも非常に驚愕しております。

今回勉強するに当たり、熟読した本(『語りかける中学数学』高橋一雄著)には、

「数学には理解できる適齢期がある」

というようなことが書かれていましたが、
この年になって、ついにその「至適数学理解年齢」に達したのかどうか、普通程度の問題であればわかるようになりました。
人生はほんとにわかんないもんですね~。
図形の証明問題とか、パズル解くみたいな感じで、なかなか楽しいです。
もちろん、わかんなくて悶絶することもありますが、あ!とわかったときには、じわじわと幸せにひたれます。
そして、ちょっとわかると数学が苦じゃなくなるので、ちょっとした空き時間に解いてみたり、毎日、挑戦してみたり、で、そのたびに、なんといいますか、重い鉄扉がギギィと開いていくような、不思議な感覚がわいてきます。

「至適年齢」に達した上に、毎日やっている、ということが、好循環をもたらしてる気がします。
ある時期ダメだと思ったことでも、時を経て、環境が変わり、自分も成熟すると、案外できることもあるかもしれないな、なんて思ったりしてます。

by hao3chi1 | 2017-02-22 07:00 | 日記 | Trackback | Comments(0)

社会科的に旅をする

「社会科的に旅をする」
『ブラタモリ』を観ていて思ったのだけれど、社会科的な視点から旅をすると、本当に楽しそうです。
今回の「別府編」でも、以前、視聴した「知床編」でも、地理で習うような知識がきっちりと活用されていて、タモリさんならずとも、血湧き肉躍りそう。

そういえば、大学受験のため、東海道新幹線に乗ったとき、車窓から見える、濃尾平野だの浜名湖だのに、「うわー、教科書通りだ」と大興奮状態になったのを思い出しました。
今でも、静岡あたり、新幹線がトンネルを抜けると斜面一面がミカン畑や茶畑だったりすると、人知れず、うれしくなったりします。

更に、最近は、地理だけでなく歴史にも興味が出てきて、本を読んだりテレビ番組を観たりしてるので、旅はさらに立体的になりそうな予感。
ただ、そういう、私の欲しい情報は、普通の旅行ガイドブックには載ってないので、それは自分で調べたりまとめたりしておく必要がありますね。
旅は出かける前が一番楽しい、と言いますが、それくらい調べておくと確かに、出発までの時間が大変に濃密なものになりそう。

あ、社会科だけじゃなく、理科もはいってくるかな。
「別府編」での温泉の泉質とか火山とかは、理科、それも地学の分野ですね。

いやいや、こうして膨らました旅は、グルメだのお土産だのを超えて、なんだか、自分の深いところに届くものになる予感がします。

それにつけても、ブラタモリでは毎回、その地域の達人が出演して、知る人ぞ知る、といった知識を解説くださるので、とても勉強になります。

by hao3chi1 | 2017-02-04 21:28 | 日記 | Trackback | Comments(0)

やらないことにする勇気

やりたいことややってみたいことは、日々、いくつもいくつも降り積もっていくけれど、年を重ねるごとに、それができる時間はどんどん減っていく。
とても残念だけれど、残り時間とか気力とか体力とかを天秤の片方に乗せてみると、釣り合うやりたいことは、刻々と目減りしていく。
たぶん、それが年をとる、ということなんだろう。

割と長い間、シフォンケーキを焼いてみたい、って思ってた。
別段、シフォンケーキが大好きで、見かけると必ず買ってきて食べてみる、とか、そういうことではない。
たぶん、それは、ほぼ日のなかしましほさん企画で、みなさんがとても楽しそうに、失敗しただのうまくいっただの、わいわいとシフォンケーキを作っているのを眺めていたからだと思う。
仲間に入りたいなあ、と思ったからだと思う。
でも、シフォンケーキを焼くには、いろいろとハードルが高くて、例えば、深めのボールがふたつ必要だったり、卵が3つ4つ要りようだったり、シフォンケーキ型がないとできなかったり、必須アイテムをそろえないとできないお菓子なのだ。
そういうアイテムを、合間合間にひとつずつそろえていき、いつか、作ってみたいと思っていた。
お菓子作りには、時間的ゆとりと気力がいる、特に、たまーにしか作らない私のような人にとっては。
だから、アイテムがそろった後も、いつかはいつかは、と思ってそのままだった。

それが、偶然、卵をたくさんいただくことがあり、時間と心の余裕があったので、ついにやってみる気になったのだ。
オーブンをセットし、道具を出し、材料をそろえ、さあ、始めるか、というときに、ふと気になって、オーブンにシフォン型を入れてみた。

はいらない。

シフォン型というのは真ん中が煙突のように高くなっている。そこがオーブンの天井につっかえて入らないのだ。

はいらなければ、焼きようがない。

小さいサイズの型に買い換えて、分量も換算し直して、作る、という手もないことはない。
だけど、と、そこで考える。
そんなまでして、シフォンケーキを焼きたいのか、私?と自問する。

ちょっとやってみたかっただけなのだ、どんな感じなのか、もしかしたら作ったら楽しいかもしれないので、試してみたかっただけなんだ、と気がつく。
そんなに入れ込んで、時間やお金や気持ちをつぎ込んで、焼きたいのか、と問われれば、それほどでも、と言葉を濁してしまう程度なら、やはり、「今絶対やりたい」ことではないんだろう。

数年来、ぼんやりと漂っていたシフォンケーキであったけれど、一度、すっきりと「やりたいこと」の列からははずれてもらうことにした。
少し心残りはあるけれど、それでも、やらないことにした。
やってみたかったことをやらないことにする、というのは、ちょっと胸の奥がじくじくする。でも、そんなにたくさんのことは、もうできないんだ、と思う。やってもいいな、くらいのことで日々を埋めていったら、どうしてもやりたいことに手がつけられなくなっちゃう気がする。それは、もっと心残りだ。

そんなわけで、時間と心は、もっと切実にやりたいことに使う、と改めて決めたのでした。

by hao3chi1 | 2017-02-01 12:30 | 日記 | Trackback | Comments(0)

歴史における年号の役割

歴史の勉強、といえば、年号である。
年号、という数字の並びを覚えるのがどうにもおっくうで、そのせいで、あまり歴史の勉強には身が入らなかった記憶がある。

人物とか出来事とか、そういう「ストーリー」は好きだったけれど、どうしても数字の並びに関心が持てなかった。



最近、ふとしたことから、中学生向けの歴史テキストを読む機会があった。

私が習った頃よりにはわかってなかった事実もたくさんあり、過去といえども進化するのだな、なんて、妙なところに感動した。

その一方で、昔より、年号があまり前面に押し出されていないような印象を受けた。

もちろん、そこここに年号は記載されている。記載されているけれど、「いちいち、指摘してない」という感じなのだ。

重要なところは太字になっている、というサービス満点のテキストの割に、年号が太字になってはいない。説明文の中に、ひっそりと息を潜めて紛れている。



これは、どうなんだろう?

例えば、大河ドラマなどでは、ナレーションに結構な頻度で、年号やら元号やらが入っている。それほど意識して聞いてなくても、なんとなく、ああ、あれから何年後なのか、などとぼんやりとわかる。

同時代にあったほかの出来事なども、年号をよりどころにして、思い出したり、対比したりしていることに気がつく。

意外と、戦国時代って展開早かったんだなー、とか、数字から直観的に感じたりもする。



こうしてみると、年号って、いわゆる「フック」みたいなものかな、って思う。

人々の営みやいろんなストーリーが怒濤のように流れ去る時間(歴史)にあって、「杭」とか「目印」のような役割を果たしているのかもしれない。

分厚い本の要所要所に貼り付ける、「付箋」といってもいいかもしれない。

それをよりどころに、切り口を変えて、その時代を眺め直すことが可能になる。



そう考え直すと、無味乾燥な数字の並びでしかなかった年号にも「重要な情報」としての意義が生まれてくる。

大げさすぎる言い方かとは思うけれど、世界観が少し動いた気がする。



年表などを手元に置いて、歴史番組や歴史本を読むと、おもしろそうである。

本屋さんで探してみようかな、といっても、たぶん、受験関連の棚にしかなさそうだけど。



by hao3chi1 | 2017-01-30 18:40 | 日記 | Trackback | Comments(0)

暮らしに花を

大きな駅に行くと、構内のショップにお花屋さんがあることが多い。
そばを通ると、季節ごとの色とりどりの花が並べられていて、気持ちが明るくなる。

フラワーポットに陳列された花々もあれば、ちょっとしたブーケになっているものもあり、あるいは小さな鉢植えなどもあって、駅ナカのお店とは思えないほどの充実ぶりである。

こういうお店が通勤・通学の途中にあれば、なにかにこと寄せて、お花を買う、という潤いが生活の中に入ってきそうだ。

一方、小さな町では、お花屋さんは1軒あるかないか。

お花といえば、スーパーで仏花と一緒に売られている程度だ。

それでもないよりはましだけれど、少し寂しい。

駅ナカのお花屋さんのような、浮き浮きした気持ちにはなりにくい。

しかも、そういうお花は、あっという間に傷んでしまうことが多い。

食料品やら日用雑貨やらのついでに買う、となると、なんだかずいぶん贅沢してるみたいな気がして、お花に伸ばした手を引っ込めることも、私の場合、結構ある。

一時は、お花を絶やさない暮らしを目指してみたこともあったけれど、忙しくなって水替えがおろそかになり、結局、手が回らなくなって、やめてしまった。

お花の生けてある暮らし、って、いいなあ、とふと思う。

水替えがあったり散ってしまったら片付けたりがあるけれど、それでもお花って人をなんだか元気にしてくれる。

明日あたり、スーパーででもいいから、ちょっと、お花を買ってこようかな。



by hao3chi1 | 2017-01-28 19:12 | 日記 | Trackback | Comments(0)

積ん読を整理する

本との出会いは一期一会、と思っているので、
書店、amazonいずれでも見かけたときに、あ、と感じればすぐに買って手元に置くことにしてます。
齋藤孝先生のおっしゃるように、「買ってすぐ読む」ができれば最高ですが、なかなかそうもいかず、
部屋の本棚やら床やらに積み上がっていきます。
(一日本だけ読んでても生活に支障を来さなかった子供の頃が懐かしく、うらやましい。)

積ん読も読書の一形態、などと粋がってましたが、
ふと我に返れば、

もしかして、一生の内に、全部読めなかったりして.....

という不安がもくもくとわき上がってきました。
朝から晩まで座りっぱなしで読書三昧、などという余裕ある生活ではないので、
積ん読本の分量を1日に読書に費やせる時間で割り算してみなくても、明らかに、

無理かも、という結論に。

ある程度、割り切って、積ん読本や既読本を整理しなくてはと思い至りました。
買ったときには興味あったけど今は時間を割いてまでは読む気がしない本、
目次だけでいいかな、と言う本、
ぱらぱらとめくるだけで、もういいや、という本、などなど。

ありがたくも齋藤先生は「最初から最後まで読み切らなくても、読書完了でok」というようなことも書いておられますので、それに従って、本当に読みたいと、今、思う本だけ残そうと思っています。

これで少しは本棚が落ち着いてくれるかな。

とは言え、ええ、言うまでもなく、ゴガク本は聖域なので、捨てられません(これが実にいっぱいあるのですが)。
by hao3chi1 | 2016-05-31 20:51 | 日記 | Trackback | Comments(0)

今年はこれやる<新年の抱負>

正月3日目にして「新年の抱負」というのもずれてる気もしなくもありませんが、
なかなか決めきれなかったものですから.....

語学編とイベント編で書いた「これやる」を包括するような言葉なりスローガンなり、ぴたっとくるものを探しておりました。
こういうものは、一発でびっと決まる年もあれば、今年のようになんだか思いつかない年もあり、あるいは全く考えなかった年もありました(たぶん、去年とかはそう)。
漢字一字とか、英語のフレーズとか、いろいろつつき回した結果、今年の幕開けに一番ぴたっとくる言葉はこれでした。

解放

自分の気持ちやらやりたいことやらを、ぱあーっと世界に飛び立たせるイメージです。
(イラスト上手だったらなー、とこういうときには思いますね。)
なんか今までずーっと押さえ込んでいたものを、一気にリリースする感じ。
おなじ音で、「開放」もありますが、これも近いイメージかな。
いつも閉じようとする自分の扉を、思い切り、開け放つ感じ。

思い切りよく、一年、やってみたいと思います!
by hao3chi1 | 2015-01-03 17:37 | 日記 | Trackback | Comments(0)

今年はこれやる<イベント編>

今年はこれやる、の続きです。
お正月休みにのんびりと「今年はなにをやろうかなあ」「何を軸に暮らそうかなあ」などと妄想を交えつつ、考えるのが好きです。
手帳に書き付けておいて、年末とか数年後にチェックする、というのが王道ですが、
そういうの、TODO系は、妄想には合わなそうなので、未だかつてやったことはありません。

というわけで、とりとめなく、やってみたいことを書き出してみます。

1)さまざまな美術展・展覧会に参加する

去年の秋以来、美術系マイブームになっております。
その勢いは年を越しても変わりません。
なんだろう、あの「魂の底から揺さぶられる感じ」が病みつきになっております。
まずは、松屋銀座で開催中の「織部展」に行く予定。
これはNHK Eテレの日曜美術館で観て以来、行きたいと思っていたもの。
本物を目にしてどんな気持ちが自分に沸いてくるのでしょうか。
そして、4月、いよいよ東京に「鳥獣戯画」がやってきます。
激混み覚悟で、行ってきます。途中で展示入れ替えがあるらしいので、2度行くことになるかも。
その他にも、ぴんと来たものにはできるだけ足を運んでみようと思ってます。

2)ライブなアートにも参加する

妙な言い方になってしまってますが、
要は、オペラ、バレー、歌舞伎、能、狂言など、ライブでしか体験できないものに行ってみようと思ってます。
こういうものには、美術展以上に縁がなくて、人生数十年、観たことないものがたくさんあります。
それもちょっと寂しいので、本当に興味本位な気持ちですが、鑑賞してみたいです。

3)神社仏閣巡り

神社仏閣に参拝すると、心身ともに清々しくなることに、つい最近気がつきました。
どういう風の吹き回しかは、わかりませんが、
そういう年齢になってきたからかもしれませんね。
御朱印集め、というわけではないのですが、参拝後、御朱印をいただいております。
スタンプラリーにするつもりは全くないので、こちらはぼちぼちと、という感じ。
参拝のついでに、由来を読んだり、荘厳な建築や仏像を鑑賞したりしてます。
しみじみとありがたく思ったりするのは、人生のそういうステージに至ったからかも。

4)日本国内の名所旧跡巡り

神社仏閣と重なる部分もありますが、
たとえば、東京といえども、まだまだ行ったことがない、観たこともない、という場所が多々あります。
今はグーグルマップなど迷子予防装置もたくさんあるので、「ここはどこ?」にならずに、たどり着ける公算が高く、気楽に「行ってみようか」できそうです。
やはり、その場所にはその場所ならではの雰囲気なり気配なりがあります。
本やウェブで観ただけでは体感し得ないので、できるだけ、あちこち行ってみたいと思ってます。


とまあ、このように書いてきて、全体を眺めてみると、
なんだか、出歩くことばっかり!
時間とお金の無駄遣いにならないように心がけたいと思います(大丈夫かな?)。
by hao3chi1 | 2015-01-02 17:31 | 日記 | Trackback | Comments(2)

今年はこれやる<語学編>

あけましておめでとうございます。
年頭のご挨拶に戻って参りました。

さて、2015年、ほぼ日でおみくじを引きましたら、こんな具合。

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何か始められそうな気配にドキドキしつつ、
恒例の「新年の決意」です。
まずは語学編から。

昨年は、思えば、タイ語、インドネシア語にも手をつけてみましたが、まあ、つけただけ、に終わりました。
道楽なので別にいいんですが。

今年はどうするか。
デフォルトともいうべき、英語とポルトガル語はそれぞれ続行することにして、
それでいっぱいいっぱいな気もするんですが、
昨年晩秋あたりから、
どういうものか、なんだか、この言語に強く呼ばれている気配が.....
それは、

フランス語

大学生だった頃にラジオ講座で何度か挑戦して、rができなくて挫折、親にも「発音が中国語にしか聞こえない」と言われ、もうなんだかがっくりきてやめちゃった言語。
それ以来、特に興味もなく、過ごしてきましたが、
先にも書きましたとおり、
なんだかわからないけど、ものすごく、もう一回挑戦したい衝動に駆られております。

理性的には、文字の読み方と挨拶で終わっている、黒田龍之介先生ご講義のロシア語が順当だろうと思うのですが、さすがに、
英語+ポルトガル語+フランス語+ロシア語
は、道楽にしても、無理すぎるので、
ここは心の声に従ってみることにしようかと、思っています。

学生時代はrができないとすべて終わってる感がありましたが、時代も変わり、私も変わり、できなきゃできなくても別に、という開き直りが出てきました。ま、道楽だし。
で、rの件は、趣味のトレーニングとして別置きして、フランス語、やってみようかと。

昨今のNHKラジオ講座はどうなんだろう、と思いつつも、しかし、初心者にはなにかペースメーカーとなるものがないと、最初の勢いはどこへやらになっちゃうし(例:タイ語)。
なんか1冊参考書買ってきて、やっぱりNHKのお世話になるのが順当かしら。
何かお薦めあれば、教えてください。

で、英語は流しておいて、ポルトガル語。
毎年覚えなくちゃと思いつつ覚えられない動詞の活用。
今年こそは、不規則動詞(200くらいかなー)も含めて、なんとか覚えたいです。
これができないばっかりに、先に進めなくなってるという自覚があります。
暗記物なので、地道にやるしかないのですが、まあ、地道にやります、はい。

というわけで、まずは新年の決意「語学編」でした。
他の決意、というか、ことしやりたいことは、また別項で。
by hao3chi1 | 2015-01-01 17:01 | 日記 | Trackback | Comments(0)

うつりかわるものたち

そういう時期なのかもしれませんが、
夏の終わりあたりから、何年もの間、変わりなかったいろいろが、ぱたぱたとうつりかわっていきます。

愛用のシャンプーを売っていた、オーガニック化粧品ショップがショッピングモールから撤退。
「ひいき」というほど足繁く通っていたかというと、そうでもないのですが、それでもそこのヘアケア製品が好きで、2か月に1回くらいは行ってました。
その程度では売り上げに貢献できなかったのか、閉店。
一部の製品は別の売り場に置いてもらえるようですが、もちろん、専属スタッフの方はいなくなりました。

たまに買っていた、自然食ショップが、閉店。
有機農法の食品を扱っていたので、リアルショップとして利用していたのですが、思うように集客できなかったためか、突如として閉店。
買おうと思っていったときには、時、既に遅し、でした。

近所にあるフジフィルムの写真ショップで、ネガ焼き終了。
空いていれば30分ほどで、現像と同時プリントができていたのですが、現像機老朽化ということで、更新せず、そのまま、終了
フィルムについては、本部送りになるので、1週間ほどかかります、ということでした。
ニーズを思えば仕方ないけど、なんだか寂しい.....
同時プリントせず、CDRに焼いてもらう方が早いようでした。

さらに、借地終了して取り壊されてしまった、ファストフード店とか、いくつか。

同じモノが同じように続くことはないとわかっているものの、なんだかちょっと、がっかりした気持ちの強い今年の秋です。
by hao3chi1 | 2014-10-19 16:40 | 日記 | Trackback | Comments(2)